てけノート

on the foot of giants

【仏記事日訳】フランス人からみた中国文化—『中国人とは、物事の統合に遊びを持たせられる個人主義者である』

   


雑誌読めるくらいにはなってきたので、ちょっと面白かった記事の全訳を紹介します。致命的な誤解はしていないつもりです。どうだろう。

背景

三月末の習近平総書記の訪仏の際に、仏中の差が着目された:9000の仏企業が中国に進出しているのに対して、中国企業は250しかフランスに進出していない。中国人を引き寄せるためには、彼らの考え方を理解しなければならない。Cyrille J.-D. Javary曰く。

易經の専門家であり中国通のCyrille J.-D. Javaryへのインタビュー

インタビュアー(以下イ)「我々フランス人と中国人との間の考え方の違いを明確にするために、中国人がピタゴラスの定理によって自由を得たことについて説明してください」

Javary(以下J)「かつてギリシャ人は神殿を建てるために、壁に垂直かつ隙間なく建造できるよう石のサイズや角度を調整していたことでしょう。
一方で中国人は近年まで、木造建築でした。大工と建築家は協力して気候に由来する問題に取り組んでいました。中国の北部では、1月の気温はほぼマイナスですが、7月には気温は40度かつ湿度も90%まで上昇します。南部はもっと(寒暖差が)ひどいです。この寒暖差のために木材は変形し、隙間なく建造したものは壊れてしまいます。
よって中国人は、隙間なく建造することはせず、木材の間に遊びを持たせました」

イ「なぜ表意文字による文体が中国全土に広まったのでしょうか?」

J「単語とは、我々が物を考える時に使うツールです。我々フランス人は、その考えに最適な単語を選びぬいて思考しますが、中国人は表意文字によって思考します。表意文字とはつまり、スケッチであり、デッサンです。それ独自で唯一の意味を表すことはなく、前後の漢字との組み合わせで意味を成すのです。

川と海に恵まれた港町のShanghaiは、『上』、上昇や進行の意、そして『海』、海の意、の二文字から成ります。二文字合わせて『海の上』『海の方』といった意味になります。このような可塑性、ある種の言葉遊びによって、(次に説明するように)社会の変化において本質を見失わずに済むのです」

イ「この考え方を『中国共産党』に当てはめるとどうでしょうか」

J「1921年4月 、中国共産党を設立した約20人ほどの知識人は、ある問題を解決しなければなりませんでした。ある考えが中国に輸入される時、その考えには中国の習慣、つまり表記に適した表意文字を当てはめる必要があります。彼らは輸入した共産党という概念に対して『共』、共にの意、『産』、生産や出産の意、『党』、集合体・一般的な・皆のためといった意、の三文字を当てはめました。生産全体の平均を共有するための集合体(という訳語)は、マルクス主義・レーニン主義のヴルガータ(バイブル的なもの)の原則を完全に踏襲していました。
今日ではもはや同じようには訳せないので、全人民のために生産を行う集合体、となります。さて(統計を見てみると)、共産党は今後も年間7 ,8 %の成長をもたらし続けることでしょう。与えられた名前へのリスペクトなのかもしれませんね」

イ「なぜ『易經』という文字が中国流の哲学を代表していると言えるのでしょうか?」

J「易經の易という漢字は、日と雨の二つの表意の組み合わせです。よってまず一つ目に、『天候の変化』を意味すると言えます。そして二つ目に、『易しい』という意味があります、なぜなら雨が降っている時に太陽が隠れている事ほど容易く理解できることはないからです。三つ目に『定められた法則』という意味合いがあります。
(これらを合わせると)どんな言い換えがふさわしいでしょうか?中国人が易經を考えるときには『変化の古典』、つまり『万物は変化するという法則だけが、唯一変わらない物である』と考えます。したがって、中国人の考え方を理解するためには、物事を固定するような考え方を忘れなければいけません」

イ「中国人は我々フランス人の考え方を理解しているのでしょうか?」

J「とりあえず彼らはピタゴラスの定理を理解しているので、我々が彼らの文化を理解する程度よりは遥かに我々を良く理解していると言えるでしょう。(でも)中国人は、非中国人を野蛮と見なします。なぜなら中国文明のみが真の文明であると彼らは考えるからです。彼ら以外は皆蛮族なのです!
しかしながら、彼らはフランス人のみにある感情を示します。以前、ある中国人が私にこう述べました。『貴方達フランスはヨーロッパの中国です。南北の中間に位置し、カトリックとプロテスタントの境目にあり、バター料理と油料理の分かれ目であり、さらに二つの海に面する唯一の国だからです。』
通常、二人の人間が出会えば二人とも個人主義者ですが、それとは異なり、中国人たちは何かを組み合わせて物事を取りはからう際に、遊びを持たせることのできる個人主義者と言えるでしょう。」

要約すると、
漢字で物事を考えるときに単語に可塑性を持たせているから中国人は時代の変化に適応できるし、単語と概念が一対一対応のフランス人の固定的な見方とは違うんだよ、という話。
フランス語自体が近年ほとんど変化していないという背景があるので、そう言えるんでしょう。
ただ、ピタゴラスの定理をどういうニュアンスで使ってるのかが良く分かりません。フランス人の原理原則みたいなポジションなのか?

言葉の成り立ちから考え方や姿勢を読み解くというアプローチはすごく面白いなあと思って紹介してみました。

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